広島高等裁判所 昭和63年(う)82号 判決
所論はまず,本件においては,Yを死亡するに至らせた直接の原因は後続のH運転の普通乗用自動車(以下「H車」という。)による轢過であるから,被告人の運転行為とYの死亡との間に法的因果関係があるというためには,被告人車によりYが道路に転倒したことが明らかになっていなければならないところ,Yが転倒した経緯ないし原因は全く不明であるから,被告人の運転行為とYの死亡との間に法的因果関係はない旨主張する。
しかしながら,関係各証拠によれば,Yが長さ1.44メートルのロープにつないだ被害犬を連れて本件交差点内の横断歩道を渡っていた際,被告人車の右前部付近が被害犬に衝突し,その衝撃により右ロープを握っていたYが右交差点内に転倒し,その結果後続車に轢過されて死亡したことを認めるに十分である。弁護人は,被害者が被害犬をつないでいたロープの先端には小さな結び目があったもののこの他には右ロープを人間の手から離れないようにするための装置は皆無であったから,被害犬が被告人車に衝突した瞬間に右ロープは被害者の手を離れ,被害者は転倒するはずはないし,仮に衝撃により転倒したとしても被害者が被害犬とともに約20メートルも移動するはずはない旨主張するけれども,被害者は被害犬を散歩に連れて行くときいつもロープを2回くらい掌に巻きこれを握っていた(証人Mの当審公判廷における供述)というのであるから,本件時も右と同様のロープの握り方をしていたと思われ,そうすると,被告人車が被害犬と衝突したときその衝撃がロープを通して被害者に伝わり,その結果同人が道路に転倒したと優に認めることができるのみならず,被害犬の体重は37ないし38キログラムと犬としては相当重いことに比し被害者の体重は52キログラムとさほど重くなかったこと,被告人車の速度は時速約70キロメートルであったことなどに徴すると,被害犬が被告人車との衝突により約20メートル前方に飛ばされると同時に被害者もロープを通して伝わった力により約20メートル前方に飛ぱされたと推認するに十分である。所論は採用できない。
所論はさらに,被告人は本件の場合被害犬及び被害者を発見することができず,衝突を回避できなかったから,被告人に原判決が認定したような過失があったとすることはできない旨主張する。
確かに,本件事故当時いまだ夜が明け切っていない薄暗い状態であったと思われることや本件交差点の手前はやや右カーブになっているため前照灯が横断歩道の右側部分を照射するのは交差点の入口付近にかなり近づかなければならないことなど本件事故当時被害犬及び被害者が見えにくかったと思われる事情もないではないけれども,本件交差点の入口(停止線)から横断歩道上の衝突地点までは約28メートルあること,被告人は毎日同所を通っていて同所に横断歩道があることを知っていたこと,右横断歩道のすぐ近くそれも横断歩道の右側部分に近い対向歩道上には水銀灯が設置されていたこと,被害犬と被害者とはせいぜい約2メートルしか離れてなく,被害犬も体高71センチメートル,体長1メートル余りのかなり大きな犬であったことなどに照らすと,被告人が本件交差点に進入するに当たり,指定最高速度である時速50キロメートル以下の速度でしかも対面黄色点滅信号の示すとおり注意して進行していれば,今少し早く被害犬及び被害者を発見し急制動をかけて衝突前に停車して本件事故を避けることができたと考えられるのであって,原判示の過失を認めるに十分である(ただし,原判決には罪となるべき事実の10行目に「徐行せず」との記載があるが,黄色点滅信号の場合徐行する義務まではないと解されるから「徐行」の記載は不要である。)。所論は採用できない。
右のとおりであり,その余の所論の点を考慮しても,原判決に所論のような事実誤認は存しない。論旨は理由がない。